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株式会社カトゥール

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会社について

カトゥール設立への道

忘れもしない4月24日の朝、そう、時間は9時30分を回ったところ・・・
そこに一本の電話が鳴った・・・
社長からだ!
【何だお前!!この成績は!?】
【5月1日、朝の9時30分に社長室に来い】
【はい、わかりました・・・】
【それと、お前には福岡に行ってもらう】
【な・・何故ですか?】
ガチャ!  プー プー
電話は切れた・・・
俺は横浜にきて2年、
横浜にも馴染んで、社員の教育もし、
ゼロから積み上げてきたものがやっと形になり、
これからというところに言われた
社長の言葉だ。
犬っころじゃあるまいし、

俺はそんな社長の言葉に素直に首を縦に振るような人間じゃない!
そして5月1日社長の元に行く新幹線の中で私は辞表を書いた…
5月1日、時間は朝の9時30分、社長室に私は入った。
【加藤、オマエ苦しかっただろう】
【いえ、何も苦しくなんてありません!】
【これからの横浜支店が楽しみでわくわくしております】
【結果が欲しいんだよ!】
【やっと、軌道に乗ってきたところなんです、後、半年で芽が出るんです】
【オマエに最後のチャンスをやる!福岡へ行け!!!!】
人間じゃない、男じゃない、社長とのにらみ合いの沈黙が続いた…


私は内ポケットに隠し持っていた辞表をそっと机の上に置いた…


ONE FOR ALL〜 みんなは一人のために、、、

四日市支店長をしていた時は、仲間と喜び悲しみを分かち合い、
みんなで頑張ってきた、一人は皆のために、
皆は一人のために家族のように支えあえた。

私は良い仲間とめぐり合えたと思う、時には喧嘩になるような時もあった、
しかし、お互いが、会社のため、
仲間のために一番どうして行くべきか考えているからおこる喧嘩が多かった、
そんな社内の活気、やる気、気持ちを見ているのが私は好きだった。
一人、一人タイプの違う人間が目標に向かって一つになっていく、、、
例えるとすると、高校球児が甲子園を目標に皆で頑張る姿に似ている、
そんな彼等を支える監督の役割が私の仕事だった、
私はそんな彼等がノビノビ仕事のできる環境を作ることに全てつくした。


皆の頑張りは成績にも反映され、
全国の支店の中でトップの成績を上げることができた、
私はトップの成績をあげたことよりも、皆の笑顔のほうが嬉しかった。
数字は後から付いてきたもの、皆がいかに努力できたか?
助け合うことができか?人間として成長できたか?
そこの部分が達成できたことを私は評価してあげたかった。

そんな時、会社から私に通達があった、、、


それは、横浜支店の立て直し願いの連絡だった。
その頃、横浜は大激戦区だったのである。

…新たなる戦場

私は悩んだ、今までの仲間を置いて横浜に行ってもいいのだろうか?
もちろん家族のことも心配だった、

しかし、
私を人間として大きくしてくれたこの会社に協力しなければいけない、
家族も仲間も解かってくれるにちがいない、
私は横浜支店という大海原に飛び込む決意をかためた。



横浜支店は、全支店の中でも有数のワーストNo.1を争う大赤字支店。
行ってみると社員一人ひとりが考えていることがバラバラ。
ましてや目標や夢などがまったくない、
自己中心的で、
失敗から目を逸らし、
他人に責任を押し付け、
責める行動が目立つ集団であった。

「どうせ私たちはできない…」という
負け犬魂のかたまりである。
これは人づくりから始めないと、
とてもやっていけないと思った。

まず、着手したのは徹底的に想いをぶつけ合うこと。

不平不満
業務のこと
営業から工事現場へ
工事現場から営業へ

どんなことでも、何でもよい、と

はじめは皆の口は開かなかったが、
徐々に時が過ぎ、次第に言いたいことを言えるようになって、
支店の中が明るくなりかけてきた。
同時にリーダーを育てていった。


ベクトルは私と同じ想い。
どうしたら勝てるか
プラス志向で物事をとらえられるか、
即行動できるか、
一心同体となり、
よき仲間として、
よき同志としてやっていけるか。

毎月の戦いは一進一退で、たまに勝てた時は皆で食事会を開き、
「また翌月も達成しよう」と「美味しい酒を飲むぞ」と励ましあった。

そうこうしているうちに、
2年の歳月が流れ、
人も育ち、さあ、これから、という時に、
突然、例の「福岡に行け」という転勤命令である。


何かおかしい?


実はおかしかったのは横浜支店だけではなかった。
会社自体がおかしくなってきていたのだった…。


現場の声がトップまで伝わらない、数字を重視する制度にかわってきたのである。
それは人よりも数字、信頼よりも数字、仲間よりも数字、
数字、数字と数字さえ取れればどうでもいい
という考えの社風に変わったのである。

私はプロセスが大事だと思っていた、
横浜でも、皆の心がバラバラになっているもの一つにするのは簡単ではなかった。

しかし、2年間という歳月をかけて少しずつ皆が一つになっていった。
準備を整えてきたのだ、私はこれからがスタートだ、
と思っていた時、人生の岐路となる出来事がおこった。

横浜の皆と一緒にやれないなら、
この際いいチャンスととらえ、
真のお客様本位の住宅会社を立ち上げると決心したのである。

加藤直己
生年月日: 昭和34年3月2日
趣味: ゴルフ、音楽鑑賞
好きな言葉: 一生懸命
好きな人物: 豊臣秀吉

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